2016年8月18日木曜日

COMME PARIS - 白猫とストッキング

町の中に、お店を一つ作ったとする。そこを訪れるお客さんには、一人一人違う生い立ちや人生があって、皆それぞれのストーリーがある。舞台の上で行われている演劇の様に。なので、インテリアデザインと言う物は、人々の”人生”という劇のステージセットを作っている、と思っている。

小さな焼き菓子屋さん、COMME PARIS。ある町の中に、皆がちょっと立ち寄ってみたくなる小さなステージ。

どこかからコピーして来た様な、綺麗で、格好良い物をデザインするだけであればそれ程簡単な事は無い。でも、それはデザインではない。もっと、感情に訴え掛けてくる様な物を作りたい。だからまず、文章で書いてみた。昔から文章を書くのは好きだった。文章も、絵も、写真も、目に見えない物を表現する為のツールの一つだと思っているので、どれも違いは無い。


第一話

”白猫とストッキング

「ちゃんと寝たはずなのに、まだ眠い・・・でも仕事行かなきゃ・・・」
いったい、何回の朝をこの思いと共に迎えなければならないのさ?
仕事はそれ程嫌いじゃないけど、特に好きでもない。
無ければ困るけど、今は見たくない物は、

1: あと5分程で鳴り出す、ちょと遠くにある2個目の目覚まし時計
2: カーテンの縁から許可なく勝手に入って来る白い朝日
3: 親指の所だけ伝線していて、まだ履けるかどうか悩ます肌色のストッキング
そして最後は、
何だかんだ言いながらも、結局ちゃんと時間通りに家を出て駅に向かっている自分。

まだそんなに日は高くないけれど、もう暑いな。日焼けしない様にと羽織った薄手の白いカーディガンの襟元を触りながら、いつもの道を出来るだけ日陰の中を歩く。白いノラ猫が塀の上であくびなんかしてるし。呑気でいいわね。

横を走り過ぎる車と車の間から、道の反対側にある大きなガラス窓が見えて、その中に、縁取りされた絵の様に白い螺旋階段が見えた。

「あれってお洒落っぽいけど、家具とか運び入れる時、絶対大変そう。」

そんな事より、昨日自分で切り過ぎた前髪と、結局履いて来た例のストッキングの伝線が伸びていないかの方が、よっぽど気になった。


夜、気が付けば無難に仕事を終えて家に向かっている毎日。こっちから連絡しなければ何も言って来ない彼氏は、付き合い始めの頃とは違って楽にすら思える。サラダを買う為に近所のコンビニを目指して歩いていると、街灯の灯りに照らされた塀の上に一匹の白い猫。

「朝の猫かな?」

なんとなく追いかける様に歩いていると、大きなガラス窓の向こうにアップライトで照らされた、朝見た白い螺旋階段が見えた。その奥には、木のテーブルとキッチン用品らしき物が並べられた棚。

「お店?誰かの家?」

窓に近寄って中を覗いてみると、半分電気の消えた室内には人気がない。茶色い丸いテーブルの上に置かれた幾つかのガラスのトレー達は殆ど空っぽで、ニコちゃんマーク付きの透明なビニール袋に入った8つのお菓子だけがぽつんと見える。



お菓子を売っているなら、誰かの家ではないらしい。

「ふーん。お菓子屋さんなんだ。」

取り敢えず、もう閉まっているっぽいし、特に甘い物は今はいらない、と思い歩き出そうとした時、その店の外の灯りが消えた。外が暗くなったので、窓の向こうの店内が今までより明るく見える。

「マッチ売りの少女って年でもキャラでもないし。」

よく物語に出てくる、窓の中の温かみのある笑顔達、みたいな物に無理やり魅力を感じない様にしている自分に気づきながら、余計目立って見える残された1袋のお菓子を眺めた。ニコちゃんマークが、少し物悲しく見える。

「うーん・・・別にどうでもいいはずなんですけど。」

なぜか放っておけない気がして、アンティーク調の入口のドアノブを引いてみた。閉まっていてくれる事をちょっと期待しながら。

「開いちゃうのね・・・」

重そうに見えたそのドアは以外にもスーッと開いて、足元に伸びた光の線がみるみるうちに太くなる。と同時に、優しい甘い風が中から流れ出て、着ていた薄手の白いカーディガンの裾をフワッと揺らした後、暗い夜道にスッと消えた。

お店の奥から水の流れる音が聞こえる。右足を店内の木の床の上にそっと置いて、左足で半分開いたドアを閉じない様に抑え、恐る恐る、

「こ~んばんわ~・・・」

水の音が止まって、結わいていた髪のゴムをはずしながら、一人の女性が壁の後ろから出て来た。私よりちょっとだけ年上かな。

「あら、いらっしゃい。でも今日はもう閉店でー。」

「お菓子屋さん・・・ですよね?」

「うん。でも、もうみんな冷蔵庫にしまっちゃったんですよー。」

そう言いながらその女性は、薄暗くなった店の奥にある大きな四角い木のテーブルの上に置かれていた、銀色のボールを棚の中に閉まった。

「あの袋のお菓子は?」

一つだけ残されていたお菓子の袋を指さしながら尋ねると、彼女はこっちも見ずに言った。

「あー、あれね。あなたの為にとっておいたのよー。」

・・・はい?私の為に?って何?
ドアを抑えていた左足に力を入れ、後ずさりする様に右足を軽く引きながら聞き返した。

「私の為って・・・?」

「あ、ごめん。怖かった? あなたの為と言うよりは、あの子達を見つける事が出来た人の為、ね。」

こっちに顔だけを向けて、その女性は軽く微笑んだ。

「見つける事が出来た人って?」

「本当に今お菓子が食べたい人ってね、最後に一つだけ残った子達を買わないの。残り物だから、おいしくないかも、って思うみたい。作られた日は他の子達と同じなのにね。」

「へ~。」
で?

「ねー、あなた今、本当はそんなに甘い物欲しくないでしょ? 一袋だけじゃ、お土産として買うとも考えにくいし。」

バレてる・・・

パタン、という音と共に、静かに入口のドアが閉まった。いつの間に両足とも入っていたのだろう。

「そうそう、一秒前ってもう過去だって知ってた?で、一秒先って未来なの。なんかすごくない?」

すごくはないけど、まぁ、言ってる通りね。でも、何を急に?

「だから、明日なんてずーっと未来の事なのに、皆もう大体予想して生きてるの。変じゃない?」

まぁ、そんなに毎日色々違ってたら大変だから、それでいいじゃない。

「このお菓子たちは特別あなたに何も出来ないけど、あなたに見つけて貰えてうれしそう。今日は、あなたの時間を私達にちょっとだけ分けてくれて、ありがとう。」

変な人。何が言いたいのか良く分からないけど、なんか、不思議な気分。

彼女は、そのお菓子の袋を私の手に乗せて、

はい, 食べてあげて。とっても甘いよ。」

最初から私が買う事が決まっていたかの様にお金を払い、また暗い外に出た。10歩ほど歩いてから振り返ると、店内の電気は螺旋階段のアップライト以外は全て消えていて、まるでもう何時間も前から閉まっていたみたい。下からのライトで陰になっているけど、よく見ると、階段の上に白いまるい物。


「あれ、さっきの白い猫???なんで?」

ずっと物音一つしていなかったかの様に、その猫は眠っている。窓に近付く為にお店の前の階段を一段昇ろうとして、地面に目をやった時に気が付いた。

「ストッキング・・・伝線してる。」

まるで、猫に引っ掻かれたみたいに。お店の中では狐につままれたみたいな会話。
自分でも良く分からなくなってきたので、取り敢えずサラダの事も忘れて、左足に伸びる濃い肌色の線を気にしながら目の前の道を渡った。

「でも、まぁねー。言われた事をやるためだけに、自分の時間をいっぱい使って、毎日が繰り返されてるなー。あ、でも、今晩はちょっと違ったかな。なんだったんだろう、あのお店。」

なんとなく、明日の朝にはもうお店ごと消えてしまっている様な気がして振り返ってみると、信号待ちで止まっている大きなトラックの陰になって見えなかった。

「見えなくてよかった。やっぱり不思議なままとっておこう。ちょっと不思議なお菓子屋さん。」

普段は行儀悪いから絶対にしないけど、歩きながら手に持っていたお菓子の袋をガサガサと開け、富士山のてっぺんみたいなお菓子を一つつまみ出し、ポイッと口に放り込んで噛んでみた。

「ん~!おいし~これ!」

優しい甘い風が口の中からフワッと溢れ出て、切ったばかりの前髪を揺らした後、暗い夜道にスーッと消えた。
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Web: WWW.HIROKIUCHIDADESIGNLAB.COM

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